オーストラリアの新興企業Apate.aiは、詐欺電話を受けるためにAIを訓練しています。用意した仮想人格は約35万体。年齢も性格も言語能力も異なり、電話、SMS、怪しいグループチャットで詐欺師と渡り合います。最長で54分の通話を維持し、累計の会話時間は17年分に達したといいます。2026年8月には815万ドルのシード資金を調達しました。

「騙される側」を産業にする
発端は数年前の家族のピクニックでした。マッコーリー大学でサイバーセキュリティ研究部門にいたダリ・カファール氏のもとに詐欺電話がかかり、家族は笑い話にしましたが、本人は研究テーマにしました。機械学習と自然言語処理、自動対話で電話詐欺を防ぐ研究は2024年に事業化され、Apateになりました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 会社 | Apate.ai(オーストラリア・シドニー、従業員約20人) |
| 仕組み | AI人格が詐欺電話に応対し、時間を消費しながら口座・URL等の情報を収集 |
| 仮想人格 | 約35万体(年齢・性格・言語能力・生活歴が異なる) |
| 実績 | 最長54分の通話、AI会話約250万件、合計17年分の時間 |
| 顧客 | 豪州連邦銀行(Commonwealth Bank)、TPG Telecom など |
| 調達 | 2026年8月に815万ドルのシード(Lobby Capital 主導) |
英国の通信事業者O2が2024年に発表した「dAIsy」というAIのおばあちゃんと発想は近い。ただApateの狙いは時間の浪費だけではありません。詐欺サイトのURL、送金先の銀行口座、暗号資産のウォレットアドレス、なりすまし先の機関名。通話のなかから証拠を引き出し、防犯システムに渡すところまでを設計しています。
番号リストを持たない設計
詐欺師は番号を頻繁に変え、IP電話を使い、発信者番号を偽装し、各国の網を経由して接続します。世界中の詐欺番号を列挙するリストは作れません。そこでApateは層を分けました。
まず通信事業者が既存の検知で疑わしい通信を見つけ、そのうち高リスクのものをApateのAIへ転送します。AIが応対しながら新しい証拠を集め、判明した情報を防犯側へ返す。個々の番号を特定するのではなく、危険度の高い通話をAIに「着信させる」発想です。利用者はアプリを入れる必要がありません。
音声側はSIPやRTPといったVoIPのプロトコルで既存の電話網に接続し、オンプレミス、プライベートクラウド、ハイブリッドで運用できます。詐欺師が本当の被害者に到達する前に、AIが途中で受け止める形になります。
「AIだと見抜かれたら終わり」という難所
相手は人の反応をうかがう職業です。AIだと気づけば即座に切られます。カファール氏はWIRED(10月10日)に対し、年齢、性格、言語能力、生活歴を変えた約35万体の人格を作ったと説明しています。WhatsAppを使っている役もいれば、使っていない役もいる。話を続ける役もいれば、「少し考えてから連絡する」と言う役もいる。
マッコーリー大学の研究チームが2025年3月に発表した「Bot Wars Evolved」では、二層のプロンプト構造が提案されています。第一層で人物の背景を作り、性格・年齢・口調に一貫性を持たせる。第二層で会話戦略を持ち、状況が変わっても目的を見失わないようにする。直前の発話に機械的に応答するだけでは、数分でボロが出ます。
GSMAが公開したTPG Telecomとの事例では、54分間の通話を維持した記録が残っています。TechCrunchによれば、これまでのAI会話は約250万件、合計時間は17年分に相当します。
誰が金を払うのか
顧客は豪州連邦銀行(Commonwealth Bank)やTPG Telecomなどです。個人が「騙されてくれるロボット」に月額を払うとは考えにくい。一方、銀行と通信事業者にとって、詐欺の手口と送金先の情報は直接コストを下げます。8月のラウンドはLobby Capitalが主導し、OIF Ventures、Investible、Concept Ventures、Baobab Venturesが参加。調達総額は約250万ドルから815万ドルへ増えました。従業員は約20人で、米国での法人化を済ませ、ロンドンに拠点を構える準備を進めています。
よくある質問
Q. 偽の人格が実在の人物と衝突しませんか。
A. 実在の個人情報を使えば別の問題になります。公開されている技術文書では、人物像は生成された設定であり、通話で得た情報は防犯目的に限定するとされています。
Q. 日本でも同じ仕組みは成立しますか。
A. 言語と電話網の作り方に依存します。日本語の詐欺は話法が複雑で、自然な間合いの再現が難しくなります。一方、高齢者を狙う還付金詐欺のような定型的な手口には相性がいいはずです。
編集部の見解
この事業の面白さは、AIの性能ではなく、置かれた場所にあります。被害者と詐欺師のあいだに割り込み、被害者を0にしつつ、詐欺師の時間を奪う。防犯の常套手段であるハニーポットを、音声の世界に持ち込んだだけとも言えます。
ただし万能ではありません。AIが数分会話を続けられるようになると、詐欺師もまたAIを見分ける側に投資します。いまは攻撃側が不意を突かれている段階で、均衡は長く続きません。日本の読者にとっての現実的な備えは、技術より運用です。家族間で「電話でお金の話が出たら一度切る」という合言葉を決めておく。精度の低い対策ですが、AIがどれだけ賢くなっても効きます。
my-best.ai 編集部
出典:36Kr「35万体のAIに“騙されるふり”を訓練し、詐欺師を17年分の無駄足にさせた」(寄稿:ifanr、2026年10月20日)/WIRED、TechCrunch、GSMAの公開情報による
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